ノアの箱舟を創ろう Let us Create the Super Ocean-Floating-Structures such as the Noah's ark.

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Friday, October 22, 2010

海水の資源で築く豊かな持続性社会

【出展リンク】:

以下抜粋:

-1 海水の資源で築く豊かな持続性社会
高知大学大学院黒潮圏海洋科学研究科
高橋 正征

1. 海水の資源
18世紀にヨーロッパで起こった産業革命以来、人類は道具とそれを動かすエネルギーを知り、次々と新しい資源を地下から掘りだして使うようになった。こうした地下資源の利用によって、20世紀の人々の生活は物質的に飛躍的に豊かになった。その結果、背負って持ち歩ける程度の私有財産しかなかった庶民の生活は一変し、今や、先進国では大型のトラックを必要とするほどに持ち物の量はふくれあがっている。それはやがて、(1)地下資源の枯渇と、(2)地下資源の利用による環境の汚染、という2つの深刻な問題を生んだ。

枯渇の解決のために、新しい地下資源の埋蔵場所を見つけようと、まるで「宝探し」のように、それまで手のつけられなかった海底の上や下を探し回った。しかし、仮に新しい埋蔵場所が見つかったとしても、それは少しの時間のばしにすぎず、これまでの地下資源の利用がかかえている根本的な問題の解決にはならない。農業の肥料に必要なリンや、電線の材料の銅は、今世紀の半ばには枯渇してしまうといわれている。また、エネルギー資源の石油や天然ガスも、枯渇までの時間はそんなに長くはない。つまり、従来型の地下資源の利用は、「地球上に限られた量しかない宝物を探しては使っていく」ことになって「遺産の食いつぶし」と同じである。しかし、よく考えてみると、深刻な地下資源の枯渇は私たち人間にとっては深刻だけれども、自然にとって、問題はそんなに大きくない感がある。

それに対して、環境汚染の方は、私たちはもちろんであるが、自然にとっても深刻である。というのは、地下資源を掘り出して利用すると、地下にあった物質が地表にまき散らされ、それが環境を汚染するからである。化石燃料を使うと、発生した二酸化炭素で、大気中の二酸化炭素の濃度が上がってしまのがその良い例である。他にも、地域に限られるが、鉱山近くでは、カドミウムや水銀汚染などがおこる。このように、地下資源を利用すると、地表にない、あるいはあってもごく微量な物質を地表にまき散らすことになり、地表の環境を変化させてしまうので、そこに生活する生物の生活を困難にする心配がある。

これまで私たちが積極的に利用してきた地下資源は、どれも資源の密度が濃かった。濃い資源は、地球上の資源量が少なく、資源のある場所も限られていて、私たちが使う早さに比べると再生にはもっとずっと長い時間がかかるので、使い続ければ自然に枯渇する。これまでは、私たちのもっていた資源の利用技術が未熟だったために、資源がある程度以上の濃度で含まれていない(濃縮資源)と資源として使えなかった。しかし、幸いに私たちの資源の利用技術は飛躍的に進歩し、かなり薄い資源でも使えるようになってきた。太陽光や風力のエネルギー利用などがその例である(表1)。

表1. これまでの資源とこれからの資源の特徴

これまでの資源(例:石油・石炭)

これからの資源(例:太陽光・風力・海洋深層水)

濃い資源密度

薄い資源密度
×
少ない資源量
×
豊富な資源量

限られた資源価値
×
多くの資源価値
○または×
枯 渇
×
再生循環

多くの環境問題
×
少ない環境問題


植物や藻類などの生物は、光合成によって自分が必要とする有機物を自分でつ
くるが、その際に身の回りにある薄い資源(肥料やさまざまな金属類)を効率よく吸収している。バクテリアも同じである。作られた有機物は、利用されると分解して元の肥料や金属類にもどり、生物の身のまわりに出される。生物は身のまわりの薄い資源を効率よく利用する能力を身につけたために、生命が誕生してから数10億年、陸上に生命が上がってからでも4億年以上もの長い間、繁栄し続けている。もしも、生物が濃い資源を使っていたら、ごく短い時間で使える資源がなくなって、生物の繁栄も短時間で終わってしまったに違いない。したがって、地球上で私たち人類が安心して生活を続けていくためには、利用する資源を濃い地下資源から、薄くて身のまわりのどこにでもあるものに切り替えていくことが重要である。

エネルギーは太陽光や風力などから得られるが、生きていくために必要な金属類・水・肥料などの物質は、適当な供給源を探さなければならい。最も大きな可能性をもっているのが海水である。
資源とその利用で、私たちが目指すべきもう一つの方向は、地球以外に人類の生活できる天体を見つけて地球上の人類の一部をそこに移住させ、そちらの資源を使うようにすることである。人類の歴史を振り返ると、アフリカ大陸で誕生としたといわれる人類の祖先は、資源を求めて一部がヨーロッパ、アジア、オーストラリア、そして南北アメリカ大陸へと移住していった。しかし、地球上には、最早、多くの人を受け入れられる空いた土地はない。移住可能な新天地を求めるというチャレンジは、私たちに多くの、そしてある意味で無限に近い可能性という「夢」を抱かせてくれる。その場合、新しい天体に私たちが必要とする濃い資源がふんだんにあれば、しばらくは20世紀型の資源の利用が可能になる。専門家は、地球に近い火星と金星を人類の住める環境に変えようとして、テラフォーミング(地球化)を真剣に考えている。まず、火星を対象と
して検討が始まっている。テラフォーミングは専門家の間でも賛否両論があるが、実際に行うこととは別に、そうした可能性と必要な技術の開発にチャレンジすることは、人類生存の方向を模索するモチベーションを高める上でとてもプラスになる。

一方、巨大になった世界の人口と、その上、各人が際限ない物欲を持っていて、そろそろ地球がそれらを支えきれなくなりそうな心配がある。すでに支えられなくなっているのかもしれない。地球上で私たちが希望をもって生きていけるような社会を目指すには、一刻も早く地下資源の利用を止めて、身の回りにある薄い資源に切り替えることを急ぐ必要がある。エネルギーでは、太陽光や風力を始めとした自然エネルギーの利用が進んでいるが、物質資源の切り替えは著しく立ち遅れている。ここでは、様々な物質をほとんど地下資源から得ている現状から、海水資源の利用に切り変え、持続的な社会の実現を目指すことを考えてみたい。
海水は、私たちが利用しやすい地球表面にあって、量が多い。地球上の水の総量は何と13.8億km3(約1.4x1018トン)もあり、その95.8%が海水である。水

表2. 現在知られている海水の特徴と含まれている資源
特徴・資源性
表層水
海洋深層水
(水深約200m以深)

冷熱エネルギー
×

肥料(無機栄養塩類)
×

淡水


金属類


ミネラル





その他の有用物質


清浄性
×

熟成性・安定性
×


深約200mより深い深海にある海水を海洋深層水(以下、深層水)と呼び、表2に示したような特徴と資源が知られている。海洋の平均水深は約3800mなので、単純に考えると海水の95%が深層水である。深層水は、高緯度の海で冬に表層海水が冷やされて重くなって、深層に沈んで生まれる。深層水中には、光が充分に射し込まないために、生物生産が進まずもっぱら有機物の分解がおこって、そのために分解でできた肥料や金属類がたまり、海水の熟成が進んで水質が安定している。海域によって違うが、深層水は1年から数1000年で表層と深層を循環している。再生に何億年もかかる地下資源に比べると、深層水の再生は比較的に速やかである。冷たくなって深層に沈んだ時を0年として、深層水が深層にとどまっている時間の経過を深層水の年齢と呼んでいる。
海水は、地下資源で代表される従来の資源に比べると、資源の密度は低い。しかし、エネルギー・肥料・淡水・金属類・ミネラル類・塩といった、私たちが必要としているエネルギーや様々な物質を含んでいる。つまり、海水という一つの原材料が複数の有用な資源を含んでいて、これは従来の資源には見られない性質である。したがって、汲み上げた深層水は複数の資源を多段的に使っていくことができ、海水は含んでいる資源を使い切れば環境汚染などの問題になる廃棄物は出ない。この点でもこれまでの資源とは違う。

表層の水温は、気温の影響で変動するが、水深1000m以深では5℃以下の低温(冷熱エネルギー)で、周年安定している(図1)。深層水の低温は冷熱エネルギーとして利用できる。深層水が冷たいのは、冬に高緯度の海で大気によって海水が冷やされたためである。冷媒といっても、温度はせいぜい-2℃~10数℃にすぎないが、海水の量が多いために、深層水のもっているエネルギー総量は巨大である。

肥料は無機栄養塩類とも呼ばれる。海水に含まれる主な窒素肥料の硝酸態と、リン肥料のリン酸態の鉛直分布は、一般に図2のように、表層では低濃度、深度が増すと濃度が上がって、水深1000m以深ではほぼ一定になる。海水中には、他にアンモニア態と亜硝酸態の窒素肥料があるが、これらは硝酸態に比べると濃度が低く、鉛直分布も異なる。窒素肥料では硝酸態が圧倒的な量を占めている。他の、無機栄養塩類や生物が吸収利用する各種のミネラルの多くにも、表層水中では低濃度、深層水中では高濃度になるという共通した特徴が見られる。
ただ、深層水中の無機栄養塩類の濃度が高いといっても、陸上農業で使われる肥料の濃度に比べると桁違いの低さである。そうではあるが、前に述べたように、海水の量が多いために、深層水に含まれる無機栄養塩類の量は、窒素が約6000億トンN、リンが800億トンPで、陸上の農業で年間に農地に撒かれているそれぞれ約6000年、約100年分に相当する。深層水に含まれる肥料は、植物プランクトンや海藻類の成長を刺激し、それはひいては魚介類など海の生物生産全体を高める。
また、表3に示したように、海水中には、地球上で発見されているほとんどの元素が含まれている。しかし、海水中の濃度は元素によって大きく異なり、

表3. 海洋中の各元素の平均濃度 (Nozaki, 1996).
元素の平均濃度 (ng/kg)
Cl
19,350,000,000
U
3,200
Re
7.8
Sn
0.5
Na
10,780,000,000
V
2,000
He
7.6
Ho
0.36
Mg
1,280,000,000
As
1,200
Ti
6.5
Lu
0.23
S
898,000,000
Ni
480
La
5.6
Be
0.21
Ca
412,000,000
Zn
350
Ge
5.5
Tm
0.2
K
399,000,000
Kr
310
Nb
<5
Eu
0.17
Br
67,000,000
Cs
306
Hf
3.4
Tb
0.17
C
27,000,000
Cr
212
Nd
3.3
Hg
0.14
N
8,720,000
Sb
200
Pb
2.7
Rh
0.08
Sr
7,800,000
Ne
160
Ta
<2.5
Te
0.07
B
4,500,000
Se
155
Ag
2.0
Pd
0.06
O
2,800,000
Cu
150
Co
1.2
Pt
0.05
Si
2,800,000
Cd
70
Ga
1.2
Bi
0.03
F
1,300,000
Xe
66
Er
1.2
Au
0.02
Ar
620,000
Fe
30
Yb
1.2
Th
0.02
Li
180,000
Al
30
Dy
1.1
In
0.01
Rb
120,000
Mn
20
Gd
0.9
Ru
<0.005
P
62,000
Y
17
Pr
0.7
Os
0.002
I
58,000
Zr
15
Ce
0.7
Ir
0.00013
Ba
15,000
Tl
13
Sc
0.7
Mo
10,000
W
10
Sm
0.57

最高濃度の塩素(Cl)と最低濃度のイリジウム(Ir)の濃度の違いは実に15桁に及ぶ。表3からも明らかなように、1kgの海水に1g以上含まれている比較的高濃度の元素は塩素(Cl)・ナトリウム(Na)・マグネシウム(Mg)の3種類、1mg以上まで広げても、硫黄(S)・カルシウム(Ca)・カリウム(K)・臭素(Br)・炭素(C)・窒素(N)・ストロンチウム(Sr)・ホウ素(B)・酸素(O)・ケイ素(Si)・フッ素(F)の11種類が加わるだけである。さらに1μgまで含めても、10種類が増える程度である。つまり、海水中の元素は、ごく一部を除くと大部分は極めて低い濃度である。ただし、海水の量が多いので、海水中の各元素の存在量は大きい。海水中の濃度が1ngの元素の海水全体の存在量は140万トンになる。
人の健康の維持で注目されるミネラル(無機質)は、「栄養素として生理作用に必要な微量元素の称」(広辞苑、1981)と説明されている。ミネラル事典では、「地球上で見いだされる118種類の元素の中で、酸素(O)・炭素(C)・水素(H)・窒素(N)を除いたものを、一般にミネラルと呼ぶ」という、広い意味での“ミネラルの定義”が紹介されている。ヒトでは、必須性が高いと考えられているものまで含めると、現在31種類の元素が必要とされ、この内、先の4種類を除いた27種類が必須ミネラルになっている。それらは、カルシウム(Ca)・リン(P)・カリウム(K)・硫黄(S)・ナトリウム(Na)・塩素(Cl)・マグネシウム(Mg)・鉄(Fe)・亜鉛(Zn)・マンガン(Mn)・銅(Cu)・ヨウ素(I)・コバルト(Co)・ケイ素(Si)・フッ素(F)・セレン(Se)・ヒ素(As)・カドミウム(Cd)・ニッケル(Ni)・バナジウム(V)・クロム(Cr)・モリブデン(Mo)などである。中でもカルシウムとマグネシウム、最近はこれらに加えてカリウムが注目されていて、これら3元素が摂取不足にならないように栄養学では指導している。
ヒトの必須ミネラルの中で関心の高いカルシウム・マグネシウム・カリウムの表層水と深層水の濃度の違いは、数%以下で深層水も表層水も変わりがない。リン・鉄・亜鉛・銅・ケイ素・セレン・カドミウム・ニッケル・クロムなどの必須ミネラルは、表層水よりも深層水の方で濃度が高いが、これらの元素の海水中の濃度はもともときわめて低い。したがって、人の健康にとって重要なミネラルは、基本的な成分としてはどの海水もほとんど同じといっていい。

深層水の優れた特徴としてあげられるのが清浄性である(表1)。表層水と比較した深層水の清浄性としては、一般生物、病害・汚染生物、汚染化学物質、縣濁物質、有機物、重金属類、放射性物質などがあげられる。飲食品・化粧品・医学治療補助剤などに使う場合には、清浄性の高い深層水は表層水に優る。また、逆浸透膜や電気透析などの膜を使って濾過する場合にも、縣濁物の少ない深層水は濾過がしやすいし、高価な膜が長持ちして経済的でもある。さらに、深層水には分解しやすい有機物が少なく、そのために深層水のプールや風呂から出た後、表層水のようなべとつきがなくさらりとしている。

2. 海水の資源の利用
深層水の資源の利用はかなり昔から言われていて、19世紀に遡り、利用のためのチャレンジも100年近くになるが、実際に利用できるようになったのはここ10年である。以下に、すでに事業で利用されていたり、利用の可能性の高い例を紹介する。

2.1.冷たさ(冷熱エネルギー)の利用
深層水の低水温は、建物の空調・低温庫・冷凍庫などの冷却に使うことができる。熱を運ぶ媒体を冷却するのに深層水の冷たさが直接利用できるので、一般の空調で必要な冷却処理がいらない。したがって深層水冷房にすると、屋外の冷却塔が不要になる。その代わりに、深層水の冷たさで媒体を冷やすための熱交換器が必要になる。冷却のためのエネルギーがいらないから、電気を利用した空調に比べると電気量が大幅に削減できる。高知県室戸で306m2の事務所を深層水で冷房して、消費電力は年間3,922kWh/年となり、電気冷房(17,298kWh/年)に比べて77%もの省エネになった。約5m2の低温庫を10℃で維持する実験では、年間に64.7%節電された。

米国のコーネル大学では、2000年夏から、淡水湖の深層の低温水を使ってキャンパス内の建物が冷房されていて、電気冷房に比べて85%もの省エネになっている。カナダのトロント市のダウンタウンの建物の一部は、2004年の夏からオンタリオ湖(淡水)の80mの低温深層水で冷房されている。

深層水の冷たさによる空調は、将来、広く利用される潜在的な力を持っている。中緯度の夏や熱帯では、電力の半分が空調に使われているので、それらが深層水の空調に代わると、大幅な電力削減につながる。ただ、海水ポンプは長時間にわたって運転を休めることができないので、深層水空調は、まず1年中空調が必要な熱帯で利用して改良し、その経験を踏まえて一時期しか冷房の必要のない亜熱帯や温帯での利用が望まれる。

清浄で低温な深層水で発電所を冷却すると、(1)発電効率が向上し、それに伴って燃料の節減効果がある、(2)深層水が低温なために、通常とられている利用温度範囲(Δt)が7℃の2~3倍に拡大できるので、その分、冷却に必要な水の量を1/2~1/3に減らせ、したがって取水費用が少なくてすみ、また取水設備も小型化できる、(3)深層水の清浄性で、取水管に生物が吸い込まれなくなり、また冷却管内での生物付着がほぼ全面解決される、などの効果がある。ただ、従来の表層水の取水に比べると、深層水の取水管を敷設するための初期投資が増える。60万キロワットの発電所の冷却には、日量100万トン規模の深層水が
の深層水の利用が期待される。さらに、発電所で冷却に使った後の温度の上がった深層水は様々な資源の利用に回せる。資源の多段利用である。

深層水の低温と表層水との温度差を利用した温度差発電(OTEC、オーテック)が可能で、発電可能な量は海洋全体で1兆kWと推定され、発電効率を考慮しても500億kW程度は使えると考えられている。1000kWの発電実験がインドで進められていて、間もなく数1000kWの商業用のプラントが動き出す段階にまできている。

この他、漁獲した水産生物の鮮度と清浄性を保つためや、冷水性水産生物の畜養や飼育に、低温で清浄な海洋深層水が利用されている。また、熱帯や亜熱帯の夏場の高温時に低温深層水で地温を下げて根元を冷やし、温帯や寒帯の野菜や果物などの栽培が可能になる。葉や実と根の温度の違いが大きくなると、作物によっては実の糖分が多くなったりする本来の生育地では得られない付加価値のつくことがある。

2.2.肥料(無機栄養塩類)の利用
海の生物生産性は、真光層への無機栄養塩類の供給速度と投入日射量、ならびに水温でおよそ決まっている。自然の海では、投入する日射量や水温を人の力で制御することは困難であるが、無機栄養塩類の供給速度の加速はある程度は可能である。そこで、深層水が含む無機栄養塩類を、真光層へ混合拡散させるいくつかのチャレンジが進められている。深層水の無機栄養塩類は、もともと生物が作った有機物が分解してできたものなので、必要な生物が、有機物をつくるために必要な割合で含まれていて、海域肥沃化にとって理想である。

100mより浅い大陸棚上では、石炭灰で造ったアッシュクリートブロックを積み重ねて海底山(マウンド)を造り、潮汐流とマウンドで底層の水を真光層まで巻き上げて肥沃化する方式が実用化されている。100mより深い水域では、海底山のような海底構造物は規模が大きくなって、深層水の湧昇法としては技術と費用の両面で適当ではない。水深が100m以上の深い海で現在進められているのは、洋上に浮体を浮かべて深層水を汲み上げ、表層水と混合して温度調節し、密度流として真光層内に留まるようにして放流する方式である。2000-07年に、相模湾で大規模な実験が行われて効果が確認された。

先に紹介した、発電所を深層水で冷却すると、温度の上がった大量の深層水が得られる。この昇温深層水を海域に放流すると海域が効果的に肥沃化できる。日本では発電所の多くが沿岸につくられるので、磯焼けした藻場の回復に格好であるし、さらに沖合に放流すれば海域生産性が高まる。
2.3.その他の物質の利用
日本には北海道から沖縄まで、2007年までに15ヶ所の深層水取水施設が建設されて稼働している。そのほとんどで最も収益の高いのが飲料水の生産と販売である。飲料水の製造では、まず、深層水を逆浸透膜に通して塩分を除いて淡水をつくり、それに濾過した深層水あるいは深層水から抽出した苦汁(ミネラル)を加えてミネラルを調整(硬度調整)してつくったのが100%深層水飲料水である。それに対して、深層水の濾過原液もしくはミネラルを地元の銘水にごく少量加えてつくった飲料水があり、これには深層水はほとんど入っていない。両方とも、500mLと2Lのペットボトルに入れて市販されている。ミネラル添加分が硬度100以下の軟水仕立ては美味しい飲料水を目指している。一方、硬度100以上の硬水はミネラル補給用として作られていて、硬度500以上になると、独特の風味になり、人によっては飲みにくい。
地上の水は今や汚染が世界的に進んで、単に水がまずくなっただけでなく、難分解性有機汚染物質(POPs、ポップス)や硝酸態窒素などが含まれ、特に慢性毒性の健康被害の可能性が考えられるようになっている現状を考えると、飲食用の水の安全性が今後は社会として重要な課題になると思われる。その際に、飲食用水の原材料として筆頭にあげられるのが清浄な深層水である。
飲料水は輸送費用が高いので、原則として地元産の水を利用する。深層水の取水地近くは深層水を100%利用した飲料水を使い、そうでないところは逆心透膜の処理のし易いにごり分のできるだけ少ない水を身近に探して原水とし、それを逆浸透膜で濾過して、ポップスなどの汚染物質を取り除き、それに深層水から抽出した清浄なミネラルを加えてミネラル調整をする。深層水のミネラルは最寄りの取水地から供給してもらう。水道水は、食器などの洗浄までの利用に限り、直接口に入る水は別途給水された清浄で安全なものを利用するようにする。そのためには、供給者と利用者の双方にとってやりやすい水のつくり方と配給の工夫が必要である。
成人は1人あたり1日に3L程度の水が必要なので、仮に1人に1日5L供給すると、4人家族の場合は1日に20L必要である。人口が1万人の場合、1日に必要な飲み水の量は、5万L、すなわち50トンである。
人が飲食物に利用するミネラルや塩は量としてはごく限られている。これらは清浄な深層水から作って供給し安全を保証する。そのために必要な深層水の量は、微量だから遠隔地から運んでも経済的にはたいした負担ではない。
海水に含まれる金属を抽出しようとすると、必要な深層水の量は莫大である。金属の抽出は表層水からでも可能であるが、清浄な深層水を利用した方が吸着処理などし易い。ただし、深層水の揚水パイプの建設や低温を考えると、表層水の利用に比べて大変である。したがって、発電所や大規模な建物の空調にあ
わせて冷却水の後利用として考えると実際的である。現在は、海水中に多く含まれるリチウムやウラニウムの抽出技術の開発が進められている。全海水中の量は、濃度が3200ng/kgのUが4500億トン、180,000ngのLiが2300億トンである。これらが実用化されれば、やがて、その他の金属類の抽出技術の開発の進展が期待される。ちなみに陸上でのリチウムの採取可能な埋蔵量は1400万トンにすぎない。
現在、世界中の陸上にある鉱山のほとんどが、採掘仕切って閉山になりつつある。今後は、海洋底や海底下の資源を利用することが考えられているが、その前に海水鉱山を考えるときである。海水鉱山では、溶存している金属を適当な吸着材に吸着させて集め、酸に金属を溶かして取り出すので、鉱滓などのような廃棄物がほとんどでない。
3. 海水資源で築く豊かな持続性社会
地下資源の利用で一大躍進した20世紀は、地下資源の枯渇と利用による環境問題の課題を抱えて私たちは21世紀を迎えた。幸いに、20世紀の後半になって、身近の薄い資源の利用技術が少しずつ実用化に近づき、地下資源の利用に変えられる可能性が見えてきた。こうして社会の資源利用を「遺産の食いつぶし」的な地下資源利用から、身近な薄い循環型資源に切り替えて、社会の持続性を強化することが急務である。
エネルギーは太陽光や風力などでも得られるが、物質の供給源として有力なのは海水、それも深層水である。ヨーロッパの国々が面している北海は、水深が浅く、深層水の資源量は極めて限られていて、大規模な利用はできない。それに対して、水深が深く、海洋としても世界一大きな太平洋に面した日本列島は、深層水の資源利用で最も恵まれている。ただ、惜しむらくは、温帯域に位
置していて、深層水の冷熱利用が夏季に集中し、冬季の利用が限られて、周年をならした利用が難しい。その部分は、当面は、台湾やフィリピンなどの、亜熱帯や熱帯の国々で利用を進め、技術的な問題点を解決して、それらを参考にして温帯域での集中利用の方法を見いだすことになる。図3は、台湾の熱帯域での深層水利用の概念である。日量100万トンの深層水を海洋温度差発電で汲み上げ、建物の空調と火力発電所の冷却に使った後で、エネルギーと物質を多段的に高次利用し、現在よりも社会の持続性を飛躍的に強化する。当面は現在の生活環境を維持するように、しかし地下資源ではなく循環再生型資源を使ってそれを達成することによって、より持続性の高い社会のあり方を目指す動きが生まれてくることが期待される。
日本が位置する東アジアは、キリスト教中心の欧米と違って、自然と共生する価値観が社会の根底にある。したがって、身近にある海水の利用などへの転換が容易に可能である。21世紀の早い時期に、日本がイニシアチブを発揮して、海水などの資源利用による持続性社会の扉を開くことを夢見ている。

1)


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